製造現場や社会インフラのDXを進める上で、低コストかつ柔軟に導入できるIoT基盤として注目されているのが「産業用ラズパイ」です。従来は高額な専用コントローラでしか構築できなかったSCADA(監視制御・データ収集)システムを、オープンソース技術やWebベースのSCADAツール「FUXA」などを活用して、誰でも短期間で構築できるようになりました。

FA(工場自動化)や上下水道、エネルギー施設など、リアルタイム監視を求められる現場で、ラズパイがどのように活用できるのか。本記事では、FUXAの機能と産業用ラズパイの連携による新しい監視計測のかたちを紹介します。

SCADAによる産業データ監視の仕組み

FA・インフラ運用におけるSCADAの役割

SCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)は、工場や社会インフラにおける監視・制御・データ収集の中枢を担うシステムです。センサーやPLCなどからリアルタイムに稼働データを収集し、中央サーバーで処理・可視化・制御を行うことで、運転状況の最適化やトラブルの早期発見を実現します。

これにより、FA(工場自動化)ではライン停止を防ぎ、エネルギーや水処理などのインフラでは安定供給を維持できます。近年では、従来のオンプレミス中心の構成から、クラウド連携・モバイル監視対応へと進化。SCADAは単なる監視ツールではなく、DX推進の要として、データ駆動型の運用管理を支える基盤へと変化しています。

WebベースSCADA「FUXA」が注目される理由

FUXAは、Node.js環境で動作するWebベースのSCADA/HMIプラットフォームです。特別なライセンスや高額なサーバーを必要とせず、産業用ラズパイや小型ゲートウェイ上でも稼働可能な軽量構成が特長です。Modbus、OPC-UA、BACnet、MQTT、Ethernet/IPなど主要な産業プロトコルに対応しており、複数の異なる機器を統合的に監視できます。さらに、ブラウザベースで動作するため、設計と可視化の両方をWeb画面から直感的に操作でき、スマートフォンやタブレットからのアクセスも容易。低コストかつ短期間でSCADA環境を構築できる点が評価され、教育現場からエネルギー・製造分野まで幅広く活用が進んでいます。

産業用ラズパイがSCADAを変える

産業用ラズパイは、従来の専用産業PCに比べて圧倒的に低コストでありながら、信頼性と拡張性を両立したIoTデバイスです。

近年では、Seeed Studioの「reTerminal DM」のように、堅牢筐体・DINレール対応・タッチパネル一体型の産業向けモデルも登場。

これにより、SCADAのエッジノードとして現場近くでデータ収集・前処理・可視化を実現できるようになりました。クラウドとの通信量を最小化しつつ、障害時もローカルで継続監視が可能。FUXAのようなWebベースSCADAをラズパイ上に構築することで、従来の高価な監視システムを代替し、現場からすぐに導入できる「オープンSCADA時代」を切り拓いています。

SCADAで叶える:リアルタイム可視化と制御の実現

タグ設定とデータのライブモニタリング

SCADA構築の要となるのが「タグ設定」です。タグとは、デバイスから取得したセンサー値やスイッチの状態を識別するためのデータ項目です。FUXAでは、接続済みデバイスから自動的にタグを読み込み、任意の名前・単位・更新間隔を設定できます。

たとえば温度・圧力・回転数・電力使用量といった情報をリアルタイムで取得し、ダッシュボード上に表示可能。タグはグループ化できるため、FA機器、インフラ機器など用途ごとに整理して運用できます。更新間隔を1秒単位に設定すれば、ほぼリアルタイムの監視も実現。タグデータは内部ロギング機能で記録され、異常傾向の分析やAI学習用データとして活用できます。

これにより「見るだけの監視」から「分析して改善する運用」へと進化します。

ゲージ・アラーム・グラフによるUI設計

FUXAのエディターでは、現場担当者にも分かりやすいUIを直感的に構築できます。温度や圧力の変化を示す「円形ゲージ」や「バーゲージ」、複数データを時系列で比較する「トレンドチャート」などをドラッグ&ドロップで配置可能。

さらに、アラーム機能を組み合わせることで、異常値やしきい値超過をリアルタイム通知できます。アラームは「High」「Low」「High-High」「Message」などの複数条件を設定でき、重要なイベントだけを抽出することも可能です。アラーム発生時には画面上部に通知バーを固定表示することもでき、遠隔監視中でも即座に状況を把握できます。

見やすく、操作しやすいダッシュボードを自作できる点が、FUXAの大きな特徴です。

操作性を高めるプロセスエンジニアリング要素

FUXAは、単なる可視化ツールにとどまらず、プロセス制御を直感的に表現できるエンジニアリング要素を豊富に備えています。画面上にポンプ・バルブ・タンク・ミキサーなどのシンボルを配置し、タグにバインドすることで、設備の動作状態をリアルタイムに反映可能。

たとえばポンプが稼働すると色が変化する、バルブが閉じるとアニメーションが停止するなど、視覚的に理解できる構成が簡単に作成できます。また、スライダーやボタンを配置して、現場設備への制御信号を送ることも可能。操作画面はユーザー権限別にカスタマイズでき、誤操作防止にも対応しています。これにより、監視・制御・分析をすべてブラウザ上で完結させる“現場の可視化プラットフォーム”を実現します。

FA・インフラ領域での応用事例

ポンプ・タンク監視におけるFUXA活用例

産業用ラズパイとFUXAを組み合わせた代表的な応用例が、ポンプ・タンクシステムの監視制御です。タンク内の液位センサーや温度計、ポンプの稼働状態をリアルタイムで可視化し、異常値を検知すると即座にアラームを発報します。画面上にはタンクの液面を示すゲージ、ポンプのオン/オフを示すアニメーション、バルブの開閉ステータスなどを表示。制御側では、スライダー操作でポンプ出力を調整したり、バルブを遠隔開閉することも可能です。これらの操作はWebブラウザ経由で行えるため、事務所やスマートフォンからでも現場の稼働状況を監視できます。

FUXAの柔軟なUI設計と産業用ラズパイの安定稼働により、小規模な水処理施設やプラント監視にも導入が進んでいます。

MQTT通信による遠隔監視とセキュリティ対策

FUXAは、軽量メッセージプロトコルであるMQTTを標準サポートしており、クラウドサーバーや外部データベースとの双方向通信が容易です。ラズパイをMQTTクライアントとして設定することで、遠隔地の設備データを安全に送信し、集中管理システムで統合表示できます。通信はTLS暗号化に対応しており、認証付きブローカー(例:Mosquitto、AWS IoT Core)を使用すればセキュリティも確保可能。

さらに、異常検出時の自動通知や、クラウド側AIによる異常予兆分析にも発展できます。従来はVPN専用線が必要だった遠隔監視も、MQTTとWeb SCADAの組み合わせにより、低コストかつ高信頼なシステム構築が実現。これにより、遠隔施設や無人拠点でも安定したモニタリングが可能になります。

既設システムとのレトロフィット導入

多くのFA・インフラ現場では、既設設備の更新が難しく、IoT化の障壁となっています。そこで有効なのが、産業用ラズパイを活用したレトロフィット導入です。既存のPLCやアナログ計測器に対して、Modbus変換モジュールやI/O拡張ボードを介してラズパイを接続すれば、設備をそのままにしてデータ取得が可能。FUXAで可視化すれば、古い機器でも最新のSCADAシステムのように運用できます。コストを抑えつつ、既存資産を最大限活用できるため、中小工場や自治体インフラに最適です。

また、将来的にはiFEMSやクラウド連携によって、エネルギー管理やAI分析へ発展可能。“壊さずつなぐ”IoT化の第一歩として、SCADAWORXでも高く評価されるアプローチです。

オープンSCADAがもたらす今後の展望

エッジコンピューティングとクラウド統合

オープンSCADAの普及によって、データ処理はクラウド集中型からエッジ分散型へと進化しています。産業用ラズパイは、そのエッジ処理の中心的存在です。センサーやPLCから取得したデータを現場近くで前処理し、必要な情報のみをクラウドへ送信することで、通信負荷を軽減しながらリアルタイム性を確保します。

さらに、クラウド上のAI分析やBIツールと連携すれば、生産性やエネルギー効率を可視化する「データ駆動型運用」が可能。FUXAのようなWeb SCADAは、このエッジとクラウドを橋渡しする存在として機能します。オープンソース技術を活用することで、特定メーカーに依存しない柔軟なシステム統合を実現し、将来の拡張やAPI連携にも強い基盤を構築できます。

AI分析や異常検知への拡張

SCADAで収集された膨大な運転データは、AIによる学習素材として非常に有用です。温度や圧力、振動などのタグデータを長期蓄積し、異常傾向をAIが自動で検出すれば、故障前の予兆をリアルタイムに把握できます。近年はクラウドAIだけでなく、ラズパイ上で軽量AIを動作させるTinyMLの活用も進んでおり、現場で即時判断を下せるシステムが登場しています。

FUXAによる可視化とAIによる分析を組み合わせることで、従来の「監視中心」から「予測型保全」へと運用が変化。異常を検出した瞬間にアラートを発信し、自動制御フローに反映させることで、ダウンタイム削減と安全性向上の両立を実現します。

SCADAWORXによる産業IoT統合への接続点

FUXAや産業用ラズパイによるSCADAは、オープンで柔軟な構築が可能な反面、大規模な生産ラインやエネルギー施設全体の統合にはさらなるプラットフォームが必要です。

ここで重要な役割を果たすのが、SCADAWORXのiFEMSやN3uronです。

FUXAで可視化された各設備のデータを、SCADAWORXのIoT基盤に集約することで、エネルギー管理・生産ライン最適化・カーボンニュートラル分析をワンストップで実現。オンプレミス・クラウド・エッジをシームレスにつなぐ構成により、ラズパイから始めた小規模SCADAが、大規模IoTプラットフォームへ自然に進化します。SCADAWORXは、こうした“スモールスタートから統合へ”の道筋を支える国内唯一の存在です。

まとめ

産業用ラズパイとWebベースSCADA「FUXA」の組み合わせは、FA・インフラ分野の監視計測をより手軽で柔軟なものに変えています。これまで高額な専用機器でしか実現できなかった監視・制御・データ収集を、低コストで実装できる点が最大の魅力です。FUXAは直感的なUI設計とマルチプロトコル対応により、小規模設備から大規模インフラまで幅広く対応。産業用ラズパイの堅牢性と拡張性が組み合わさることで、現場に最適化されたSCADAを迅速に構築できます。さらに、SCADAWORXのiFEMSやN3uronと連携することで、データ分析・省エネ・カーボンニュートラル化まで発展可能。小さなラズパイが、今や「産業IoTの入り口」として、工場や社会インフラの未来を支える存在となっています。